
地方新聞への執筆
小説は売れようと思って売れる物ではない。だから、本というのはそうゆうものですからね。なんか、定期的な収入が欲しい訳ですよ。親父は死んじゃったし、長男ですからね。それで、地方新聞に書きましたね。作家になってわかったんだけど、そういうのがあるんですよね。地方新聞はお金出さないから、有名な作家には頼めないんです。それで、新人作家に頼むんです。一回に三枚半かな、原稿用紙で。それで、画家と込みで一回分一万円。各々、一万円でなくて、込みで一万円。売れない画家さんと組まされて、各々五千円、五千円でやりました。三ヶ月くらい連載ですから。そうゆうツテがあるのを知らなかったですから。作家仲間に入っちゃうと、書かないかと言われる訳です。毎月、月給みたいにもらえるわけだから安定しますよね。そうなったら、見合いの話が一杯、きましたね。安定したって言うんで。
京都に知っている女流作家の方がいて、見合いしませんかと言われました。京都に連れて行かれたらね、わりと有名な布団店の娘さんがいるけれど、どうかねと言われ、どこかのホテルで見合いしました。この時はまだ、山村美紗さんは知りませんでした。売れない間は、地方新聞に連載する他にも、いくつかの社に書かせていただいていた。それが、本になるのだけれど、毎回「初版だけ」、「増刷がない」というのが続きました。江戸川乱歩賞を受賞してからそんな13年がつづいた。
ブルートレイン殺人事件
光文社の多和田さんが来て、今までは書きたい物を書かせた。だけど、あなたは売れないから、書きたいものを書いちゃ駄目だと言われたんです。それで、案を二つ出しなさいと言われて、こっちで見て売れるものを書かせると。あの当時は夜行列車、ブルートレインが流行っていたんです。小学生、子供が駅に行っては写真を撮っていた。それを書くか、昭和初期のミステリーを書きたいと提案した。そしたら、昭和初期ミステリーはダメ、売れないと。ブルートレインを書きなさい、と言われて、東京駅に取材に行った。あそこからは九州に行く列車があり、子供がいっぱいホームにいて写真を撮っていた。こんなに人気があるんだと、それで書いたのが売れた。「ブルートレイン殺人事件」です。昭和54年です。他の書いていたら売れなかったです。出版社の人は頭がいい。
その時は面白かった。京都にいたんですよ。多和田さんが来て、本を持ってきたんです。これから鳥料理を食べに行こうて言っていたら、東京から電話がかかってきて、五千部増刷したって。多和田さんが、「先生の初めて増刷になりました」って。食事してると、どんどん連絡が入ってくるんです。また、一万増刷になりましたって。増刷って、こういうものだなんて、今まで増刷が無かったので、出版社の人が喜んじゃって、売れるということはこういうことなのかと。広告が出てね、嬉しかった。10万部突破とか書いてあるんです。今までこんな広告なかったなと、普通は本が出るときは小さく出ますよね、それで終わりですけどね。売れだしたら一週間ごとに(広告が)でるわけですよね。とうとう、15万部と書いてあってね、凄いなと。あのときは嬉しかったですね。作家ってこうゆうものか、売れるというのはこういうものかと。昭和5年生まれだから、昭和54年、49歳の時かな。
作家の考え、出版編集者の思い
今、420冊執筆、あと少しで500冊になります。山村(美紗)さんに言われたんだけど、(西村京太郎さんは)書く以外になんにも能力がないんですから、悩まなくっていい。麻雀とかやりますけど、何もやっていないのだから。山村さんは絵もうまいし何でも出来る人なんですよ、数学とか得意だし、あの人は悩むんですよ。本当に小説書いていて、いいんだろうかとか、その点、西村さんはいい、小説書く以外は何もないと。一瞬、ムカッと来ましたけど。そうだ、悩まないのがいいと。
でも、本当に真剣に悩むときもあるんですよ。普通は黙っている訳ですよ、売れないときにはね。だけど多和田さん(光文社)は正直なんですよ。この間は初版3万(部)でしたけれど、売れないから2万(部)にします。2万(部)が売れないと1万5千(部)にしますとか言うわけですよね。これはどうなるのかなと、そのうち出しませんと言うのかと心配しましたね。あの時、どこかの評論家に「西村京太郎は面白いけど売れないと」言われた。売れるのと面白いのとは別です。増刷というのがわからないんですよ。本当は、2万刷って売れ残っていた訳ですよ。
他の社の人は言わないけど、多和田さんは言ってくれました。3万、2万と減らされていった。やめるぞと脅かされたのかもしれないが、編集者が嬉しいのは50万刷って20万のこるよりか、1万刷って1万売れるのが一番いいと言われちゃってね。書きたい物を書いてろと言われていたらじり貧だった。作家の考えと出版編集者の考えが違うんですよね。作家は書きたい物書いちゃうんです、売れるかどうか考えない。売れなくても今の時勢に合ってないと言うんです。
記念館にenonが来た
機械が好きでね。だから記念館にはジオラマを入れたんだけれど。テレビでロボットを観るのが好きだった。ともかく、ロボットを入れたいと思い調べたらいろいろ作っているが、たいていのところは売らない。出版社にお願いしたら、M社と富士通がやっていた。M社はもう、やっていないと、それで富士通に。とにかく、欲しい、見たいんです。ただ動くだけで、満足、凄いと思うんです。自動的に動くのが凄い。最初はね、あまり面倒かけられると困っちゃうんだけれど。これまでにも、小さなロボットを買ったんですけど、いろいろと教えないといけないんで、止めちゃった、こんな面倒なのかと思って。自動的に動いているのを黙って観ているのが好きなんです。
名前(ロボットの)は募集するかもしれないです、記念館の企画で。富士通さんの製品は頑丈だと聞いている。ああゆうのが好き、機関車などが動いているのを観ているのが好き、凄いなと感動してしまいます。ロボットを小説に登場させるにはもう少し、ロボットを勉強しないといけないかな。(撮影・聞き手 富士通フロンテック 鷹羽金蔵 2007年9月3日)